指先から、とけていく

さとっていない世代の日記

レッテル (1)

メンヘラという言葉がある。字面からしてそう古くない言葉だけれど、自分が小学生の時にはすでに使われていた。そもそもメンヘラの語源はなんだろうと思って調べたところネットスラングらしい。メンタルヘルス板にいそうな心の弱さを人の前でさらけすのが常習化している人といったところか。

 

残念ながらこの日記の人もメンヘラの烙印を押されて早数年。この地域から出ない限りはその烙印から逃れられそうにない。虚しい主張にはなるけれど自他共に認めるメンヘラだがメンタルヘルス板や病院にはまだお世話になっていない。

 

それで、メンヘラになった人というのはとかく避けるべき対象というのが一般的な人にとっての対策らしいのだけれど、それは非常に正しい。人並みの感性を持っている人は、メンヘラを検知した際には、タバコが苦手な人が煙を嗅ぐとしかめっ面をすると同じ反応をするのが正しい。副流煙で癌になるならメンヘラのそばにいて健康を害する可能性も否定はできない。もっともメンヘラ中毒一歩手前の日記の人の意見は、『absolutely.』である。ただ一応メンヘラも人間なので避けられていることくらいには気付くもので、多くの人にそう思われていることに気づくと社会生活を送る上で鬱々とした気持ちにはならざるを得ない。どうにか『非メンヘラ』になりたいと思っているメンヘラもいるにはいる、というのはあまり知られていない気もするので明文化を試している。

 

さてなぜメンヘラになるかは人それぞれだとは思うが、自分とその周りのメンヘラの人で多かったのは自己肯定感の低さだと思う。前のエントリにも書いたが自分の出身は田舎のお山の大将の学校なので、そこそこ優秀な人から優秀な人くらいまでは簡単に見つけられる。本当の天才にはまだ会ったことがないか、すでに会っているけれど認識できていないかどちらかだ。話が逸れたが、自分より優秀な人、という目で他人を見てしまう癖がついてしまっている人はとかく勝手に傷つきやすい。被害妄想と片付けてしまえるような内容だが、本人たちはそう思っていない。その原因も親から兄弟と比較され続けてきたとか、元々の性格とか、色々とあるとは思うが、他人に対しての優越性を感じられないと不安定になってしまうというのはよくある話。

 

その際の自己防衛の手段として、自分よりもさらに弱者を虐げる、というのもよくあるけれど、メンヘラはそんな目に見えるような暴力の手段を選ばない。自分の周りのメンヘラに多いタイプは他者への攻撃性は高くないが、攻撃されることを非常に恐れているタイプが多い。(ネットによれば高度な攻撃性を持つタイプもいるそうだ。)そこで発動されるのがメンヘラ伝家の宝刀、自虐である。メンヘラは異常なかまってちゃんなどとネットに書かれるているのを目にしたことがあるが、どちらかというと初めは自己防衛だったのではないかと思う。

 

その自虐にも幅があるようで、辛いことがあるとどこかを切ったり周りの人を脅迫するようなものから、淡々と自虐をSNSにあげるタイプ、才能のあるタイプだと音楽とかイラストに仕立て(昇華というやつだ、根本的にはいわゆる芸術家がやることと変わらないのだけど、どうも評価しづらい感じがある) 多くの有象無象のメンヘラから支持を集めていたりする。このような作品群に恨みがあるわけではないのだけど、脱メンヘラを目指したい日記の人にはいささか厄介なものになる。これについては別エントリーにして書きたい。

 

さてここから未だにはっきりと自分の中でと煮え詰まっていない問題で、なぜメンヘラは『公然の場で』自虐をするかである。それからもちろん最終的な目標は『脱メンヘラ』なわけなのだがうまくまとめられるだろうか。

 

本旨にたどり着いたところで力尽きた感じはあるけれど残りはまた今度。